見たことない景色を見たい

1年前の1月17日。

朝から泣いて、いつもなら憂鬱な1時間30分のゼミがありがたく感じた日。

明るい未来が見えなくて、私の知る限りでは嬉しい言葉なんかなくて、誰かを傷つける言葉しか溢れてなかった。自分のブログを読み直しても、あまりにも言葉の刃が散りばめられていてびっくりした。でもそれだけ、康二のことが心配で、あのグループを壊すようなことになる、と思ったんだと思う。

それでも、前に進んでいこうとする9人を応援する選択肢を選んだ1年前。

 

突然の増員に戸惑いと困惑と気まずさを持ったまま迎えた南座初日。

幕が上がれば8人が1列に並んでいて、現実を見ることになった。

会場内の雰囲気も、彼らの雰囲気も決して最高のものとは言えなくて、加入したメンバーの名前すら言うのが怖くなるような感じがした。

 

9人で初めての横浜アリーナでのコンサート。

前向きな言葉も少しは増えたけど、それでも傷つける言葉の方が多くて。

でも、新曲やメンバーからの挨拶で、彼らは前を向いて走り出したことが伝わってきた。

だから私も一緒に前を向いて走り出す。どんなことがあってもこれからも9人を支えたい、って思えた。

 

猛スピードで走る車のように、彼らの1年は濃かったと思う。

振り返ってみても、舞台やコンサート、個人の仕事、CM…。Jrってなんだ、って思うくらいに目まぐるしく変化する彼らの状況。

それに必死についていってたけど、それもいつしか気力がなくなって。

今じゃもう情報収集してなくてもテレビを付ければCMもあるし、バラエティに出てる。1年前も、もっとその前も、きっと教えても信じてもらえない世界だ。

 

あれから1年経って、康二のいる環境は、9人のいる環境は優しくなりましたか?

何度も何度も練習した「Snow Man向井康二です」はもう、ぎこちなさはなくなりましたか?

関東に出てきて、良かったですか?

「自分のいるグループはなくなってしまう、だから守りたかった。」

何もかも背負いこんで苦しくなって、誕生日に発した「辛かった」という言葉。

今はどうですか?一人で何でも抱え込んでいませんか?

深澤くんを助けてくれる8人の仲間がいます。

 

検索してもなくならないマイナスの発言と比べて、応援の言葉が目につくようになった。雑誌や商品が売り切れるようにもなった。

見ていてこっちが苦しくなるような雰囲気もなくなった。

苦しみながら、もがきながら、一生懸命目の前の与えられた試練に取り組んできた結果だと私は思う。

「まだ9人を100%受け入れられなくても、それでも1年前より好きになった。」

そういう言葉が増えただけで、それだけで私は母親目線になってしまって涙が出そうになる。

全否定だったあのころから、少しずつ変わってきた証。

 

それでも、9人を傷つける人は存在する。

「15人」っていう押し売りに疑問を抱いて、お互いを傷つける言葉を投げかけてる現実がある。

6人と6人が切磋琢磨してきた過去をなかったことにしてはいけないし、だからといって今6人と9人で切磋琢磨させようとする後ろからの無理やりなこともしてはいけないと思う。

後ろからのことは一般庶民の私にはどうにもできないけど、それでも未来が明るくなるためにはどっちかを否定したり悲しませるような言葉じゃなくて、自分たちが応援してる人たちへの思いで溢れるものにしてほしい。

傷つけるよりも愛した方が絶対にいいから。傷つきやすい世界でファンも彼らも生きていたくないはずだから。

 

東京に行く楽しさを教えてくれた樹。

あなたを見るために何度東京に行ったか。

今仲良くしてくれている人はみんな、あなたのおかげで出会えた人です。

Jrを応援する楽しさを教えてくれてありがとう。

 

8月8日から、時計の針はどんどん進んで、いよいよ1月22日。

君たちのデビュー曲が収録されたCDが世に放たれる正式な日。

デビューという夢を見続けて何度も辞めようと思いながらも走り続けてきてくれてありがとう。

心もとない言葉でたくさん傷つけられただろうけど、それでも前を向いてくれて舞台に立ち続けてくれてありがとう。

長いJr期間のほんの一部しか見ていなかった私だけど、それでも十分濃くて思い出がたくさんある。

友達もできて、何度も東京に行って、デビューできますように、って東京から帰る時に何度も思った。

良かった。ありがとう。おめでとう。

 

季節外れの雪を降らせ続ける9人でありますように。

原石が磨き上げられ素敵な音色を奏で続ける6人でありますように。

君たちの未来が、どうか明るいものであり続けますように。

 

たくさんのありがとうとおめでとうをもって、私は彼らとお別れする。

2019/1/17-2019/8/8

長くて濃い7ヶ月だった。

Snow Manを応援した期間は、SixTONESを応援していた時よりも短かったけど、それと変わらないくらいに濃かった。

次にこのブログを更新する時は、オタ卒する時だって決めてたのに。

準備も確実に進めていたのに。世界はすごいスピードで回ってしまった。

せっかくだし今の想いを全部吐き出してしまおうと思って、つらつら書きます。

 

1月。

衝撃の加入で戸惑って、泣いて、怒って、居心地が悪くなった。

たくさん誰かを傷つける言葉を投げたし、傷つけられた。

誰も悪くないのに、誰かを悪者にしてその人にこのモヤモヤを当てないと私が苦しかった。

私よりも本人たちの方がたくさん傷つけられたと思う。正解が見えないなかでの決断で、きっとこの道が正しかったと思えるように未来に走り出した9人なのに。

ファンの言葉で傷ついたと思う。今でもそれは続いてると思うけど。

 

2月。

本当は6人で主演だったはずの滝沢歌舞伎ZEROが南座で開幕。

加入した康二もめめも6人と変わらず前に立っていて、堂々としていた。

幕が上がって康二を見た瞬間に、苦しかった。じわじわと涙が込み上げてきた。

大きな決断をした彼が、胸を張って舞台に立っている。

これまでとは違う環境の中で必死に食らいついている康二は輝いていた。

Snow Man向井康二をもっともっと見たいって思える舞台だった。

でもそれと同時に怖かった。これから先彼は舞台に立っていても何か言われてしまうんじゃないか。その場にいるファン全員が彼を受け入れているわけではないのは十分わかってたから。

康二の話をするのが怖かった。

 

3月。

9人での横アリ単独。

滝沢歌舞伎以上に不安だった。隣前後にいるファンは受け入れているのかそうじゃないのか。康二のうちわを出しても大丈夫なのか。オレンジのペンライトを光らせてもいいのか。

クロバットが少なくなって6人のファンは悔しかったと思う。

今までのSnow Manの魅力はアクロバットだったのは知ってる。

でも私はこのタイミングでもう全員がアクロバットしてなくてよかったかな、と思う。

どうやって自分たちを魅せていくのか、試行錯誤をしながらステージを創り上げていくっていう道のりが私は好きだから。でもいつかは9人全員のアクロバットが見たい。

ステージに立つ本人たちも不安だったかもしれない。そんなこと感じさせないくらいに楽しい公演だった。

そして、康二を担当として名乗るのを辞めた。

これから先ずっと何か言われ続けるのは怖かったし楽しくないのは嫌だと思った。

そんなの気にする必要なんて何もないってわかってたけど、それでもやっぱりSnow Manのファンの友達を作ろうと思うと、受け入れてくれている人たちを見つけるのが難しかった。

でも、もう関西にも興味はないし関東でも他を探す気にならなかった。

だから、6人の誰かのファンになって9人も受け入れているという体制をとることにした。

康二を嫌いになったわけではないし、Snow Manの応援は楽しいから私的にはこれでよかったんだと思っている。

 

4月。

滝沢歌舞伎ZEROの新橋演舞場を観に行った。

ラウールがどう入ってくるのか楽しみだったから、観に行くのにわくわくしていた。

9人ってやっぱり多いなあ、と思いながらも迫力があってすごかった。

南座よりも新橋の方が個人的には好きだなあと思った。8人がパワーアップしてたからこそそう思ったのかもしれない。

 

5月。

二度目の新橋演舞場

やっぱりひらりと桜が大好きだと思った。

これからも応援したい、見ていたい。就職関東にしたい、って思えるくらいに私の中で9人の存在が大きくなっていた。

 

6月。

康二の三婆を観に行った。

Snow Man向井康二として松竹座に立つ姿は何だか不思議だった。

普段の現場とは違って年齢層も違うし、康二のことを知らない人がたくさんいる中で褒められたりしている言葉を聞くと嬉しかった。

こうやって彼は入り口の役目を果たしていくんだろうな、と思うと誇らしかった。

 

7月。

疲れ始めた。

現場がないからとかじゃなくて、私が彼らに追いつくことができなくった。

どんどん仕事が決まりすぎてもはや情報を得ることすら面倒になった。

私は過去に縋りつく人間なので、少し前みたいに急に来る大きな仕事に喜びたいし、突然のバックにえっ!まじか!ってなりたいタイプだったから、事前にあれもこれもって言われると、なんだか疲れた。

何より、東京に行くのに疲れた。彼らは頑張っているのにそのうちの誰かを否定したり叩いたりする人たちと同じ空間にいたくなかった。

受け入れるかどうかは本人次第なのは十分に理解しているし、私も最初は受け入れられない方だった。でも言ってしまえばこっちは加入側だったから、彼を受け入れてくれるグループだから応援したい、って思えるようになったし、見れば見るほどSnow Manが好きになったからきっと6人から応援している人も変わってくれるかもしれないって思ってた。

でもそれは簡単なことじゃなくて、いつになっても無理な人は無理なんだって理解した。だからこそ苦しかったし辛かった。

9人で前向いて猛スピードで走っている彼らにもついていけないし、周りの温度差にもついていけなかった。

あ、もう無理だな、やめよう。そう思って、グッズを売り飛ばし始めた。

雑誌も買わなくなった。YouTubeも飛ばし飛ばしでかろうじて見るくらいになった。

ブログ更新も番組出演も何もかもしばらくたってから気づくようになった。

こうやって自分の生活から彼らが消えていくのか、って実感した。

周りの友達との熱量の違いに少し寂しくなりながらも、でも無理して続ける意味はないな、と思った。

 

8月。

夏が来た。何を歌うのかもいまいち覚えてないし、グッズもギリギリまで悩んで買ったくらいに熱が冷めてしまっていた。

入ったら入ったで楽しかった。あぁ、久しぶりのコンサートだって思いながら一生懸命好きな人たちを目で追いかける時間は懐かしかった。

でももう終わっちゃうな~って思ったし、周りの人にも関西来るときは連絡してねって言ってたのに。

 

8月8日。

結局配信に課金しなかったし、どうせ何かあるとしても私の応援してるところじゃないって正直思ってた。

そしたら世界がめちゃくちゃすごいスピードで回ってて。涙が止まらなかった。

私がずっと経験したかった、Jr担からデビュー組に、っていう流れが約束された。

ただ素直に私は嬉しかった。

ずっとずっと夢見てたデビューが彼らにもきて、ジャニーさんはもう見れないけど決定に関わってくれていた。それが嬉しかった。

車を運転してる時にCDをかけれる嬉しさ。誰かにCDを貸せる嬉しさ。

色んな声があるのはもうわかりきってるしこれから先もきっと順風満帆な道のりではないけど、まずはおめでとうって言いたい。

ほんとに短い期間しか彼らを知らないし、過去を振り返ってもその時のことは分かった振りしかできないけど。

周りがデビューしていったり、それぞれの道に進んでいって。

関西のグループにも入れなくて、東京に向かうことになって。もがいて苦しんで。

SnowManになって7ヶ月でデビューが決まって。色んな言葉が彼をまた襲うかもしれないけど、でも、まずはおめでとうだよ。

何度も辞めようと思ったけど、5人の仲間がいたから辞めなかった深澤くん。

本心か嘘かわからなくて、深読みして信じられなくて、それが彼にとっては苦しくて。

だけど前向いて進んで。

ブログで何度も自分の想いを言葉にしてくれて。それが夢の実現に繋がって。

ありがとう。おめでとう。

2020年からほんとに始まるね。ここからまた走り出すんだね。すごいね。

私は働き出してきっとまた「ああ、すごいな」って遠目で見ることが多くなってくんだろうけど、それでもいろんなところで彼らを見れる生活に慣れていくんだろうな。

関西に来ることが増えるんだろうなって期待させてください!(笑)

自分がアジアに飛び出せなくても、これからもっと活躍していく彼らの未来は明るいはず。

 

 

濃くて長かった。

目まぐるしく進んでいく彼らを「すごいね」としか言えないくらいに自分が追いつけなくなった。

追いつく気持ちがもう私には残っていなかった。

周りのファンは傷つけあってるし、優しい人もいたけど、でも私は何度も傷つけられたし傷つけた。

何回もじゃあ彼を関西に戻してくれよ、って思ったし、なんでこうなったんだろうって考えた。

康二は9人でいることが楽しいって新しいことにわくわくしているのに、私はずっと過去に囚われてめそめそして。何度も色んな方面を恨んだし憎んだし傷つけた。

でもそれは意味のないことだし、私一人がどうしようと彼らも周りのファンも進んでいく。

じゃあその輪にいる必要がないな、もうさよならだな。

そう思って、自分の中から彼らを取り除くことにした。

なのに、デビューが決まっちゃって。アジアツアーまで決まって。

彼らのCDを手にして、ツアーのどこかに参加する夢ができてしまって。

また彼らと夢を叶えたい。叶えさせてほしい。

 

ジャニーズと一緒だった大学生活、とっても楽しかった。

色んなところに行ったし色んな人に出会えた。人生楽しいと思えた。

何もかも応援している人たちに会うため、と言い聞かせて頑張れた。

自分の生活は彼ら中心に回っていた。

それが自分の大学生活だったし、宝物だった。

ありがとう。

何回伝えても伝えきれないくらい感謝しています。

これからも彼らが笑って過ごせますように。

最後に私の好きな歌詞を置いておきます。 

 

逆風にさらされながら咲く花は

どの花よりも強くて美しいから

 

 

 

デビューおめでとう。2020年からまたさらに輝けますように。

関西から関東へ

7:50

アラームを止めて携帯を見たら、いつも以上にLINEの通知が溜まってた。

目開いてないけど、「康二が東京に行く」って文字が見えた。

嘘だ、って思って自分の目で確かめたいと思ってTwitterを見れば、噂になっていたことが本当になっていた。

起きて3分もしないうちに泣いたのは初めて。

多くを見てきたわけじゃないから何も言えないけど、関西を引っ張っていく役割として、まとめ役として、前に立ち、時には後ろから全体を見ていた彼が、すでに出来上がっていたグループに加入するなんて、あまりにも無謀すぎないか。

 

クリパを休んだのは、もうすでにグループの一員としてお仕事をしていたのかな?私はてっきり単独のお仕事だと思ってたよ。そのお仕事は未だに何かわからないけど前者の方が強いのかな。「頑張ってくる」って日誌で言ってたけど、そんな意味だとは捉えられなかったよ。

あけおめで泣いていたのは、君が関西から離れるのをみんなが知っていて、君が当事者だったからなんだね?挨拶で関ジュがいい方向に向かっていく、大事な年だって言ったのは、君が離れて次の世代が引っ張るから?なにわ男子を筆頭に活躍していくから?私は君がいないのにいい方向に向かっていくとは思えないし思いたくない。君は仲間が離れていくのを経験してたから、だからこそ守っていくものだと思ってたよ。そうじゃなかったんだね。オタクのエゴだよね。

なにわ男子が結成されて、悔しかった。そう言ってたし、社長とも電話して納得できたよって言ってた。その納得はこの加入だったの?大好きなみんな、ホームだと言ってた関西を1人離れてグループに入ることに納得したの?君「が」選んだ道なの?関ジュを広めるためなの?

 

プロデューサーは何を見ていたの?

あなたの思いを理解できていると言っていたグループを変える必要はあったの?

あなたを慕っている後輩が6人じゃないと意味がないと言っていたのを知らないの?

そこに入る彼らの気持ちを考えることはできなかったの?

で、結局何がしたいの?

疑問と不満しか生まれないのはなんでなの。

なにわ男子ができて、推されて、やっぱりグループって凄いんだなって思ってたけど、私は個人でも活躍できると信じてたし、康二はやるだろうと思ってたよ。まさかこんな形でグループの一員になるとは思わなかったよ。

情報漏洩した時から信用ならないって言ってたけど、今は信用したくない。明るい未来が今は見えないんだもの。

 

もう君が「関西ジャニーズJr.です!」と名乗ることは3月からないのかな。

君は1人で関東で生活するのかな。

振り覚えが遅いと言っていたけど、すでに出来上がっているものに入るとなると不安やプレッシャーで潰されないかな。

君が今までにもらった曲や衣装は、どうなるのかな。

グループが持ってたものもどうなるのかな。

全部全部変わってしまうんだろうな。

「あの時いろんな事があって」って笑い話にできるのはいつかな。

 

「関西ジュニアが大好き」な康二が大好きだったよ。

甘えられる龍太くんがいて、切磋琢磨してきた大吾がいて、ツンツンされても大好きなりゅうちぇがいる関西ジュニアの一員として頑張っている康二が大好きだったよ。

 

いっそオタクを辞めるべきなんだろうけど、辞めれないんだよ。康二が好きだから。

「関西ジャニーズJr.」の向井康二を好きになったんだけど、その枠組みを超えて大好きになっていったから、そう簡単には辞めれなさそうだ。

君が泣いたと聞いたあけおめから、君のいる舞台やコンサートは行くと決めたから。君の頑張る姿を見れるうちに見ようと決めたから。

 

君はもう次に進んでる。

もう前を向いて次のスタートを切ろうとしている。

私もそのスタートを一緒に切りたい。

だからちゃんと言うね。

 

関西ジャニーズJr.の康二くん、ありがとう。

そしてグループ加入おめでとう。

3月からはSnowManとしての康二くん、頑張ってね。

大好きだよ。

 

まだ時間はかかるけど、いつかこの事に関連する人たちみんなが笑って話せますように。